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2011/04/09

テレビは視聴者に情報取捨選択能力を求めてはいけない

カテゴリー: Uncategorized — by yt070507 @ 19:31

東京の浄水場の放射性ヨウ素131が不検出(20Bq/kg以下)になって2週間経つ。しかし、スーパーでは必死に水を買いあさっている人がまだ毎日散見される。下手な情報のバラマキは一般人の不安をあおるだけだ。確かに情報公開はどんどんやるべきなのだが、一方で情報受け取り側に配慮した情報提供は必須だ。ブロードキャスト型情報発信の弊害を如実に示している出来事だ。

乳児を持つお母さん向けの情報を、あらゆる人向けに発信した挙げ句に、高齢者までもが不安がってしまった。必要のない人々が水を買い占めてしまって、必要なはずのお母さん達が困るという状況は、どこをどう考えても避けるべきであった。情報の受け取り側の情報取捨選択能力を前提とする情報発信は、もはや【現実的ではない】。情報取捨選択能力のある人々は、携帯電話やWebで情報を得るに違いない。レガシーな情報発信手段として確固たる地位を築いているテレビは、闇雲に情報を垂れ流すのではなく、情報取捨選択能力を前提としない情報発信をしなければならない。

流してしまった情報を消すことはできない。その情報から受けた人々の印象もまた消すことは出来ない。後から「無駄な買い占めはやめましょう」とテレビタレントに連呼させても空々しいだけだ。人は印象で動く生き物だ。情報取捨選択能力を持ち得ない人々に対する思慮を欠いた情報発信は、もはや【誤った人心操作】である。不安は金になる。でもテレビではやるべきではない。今回も、210Bq/kg検出のニュースをどうせ流すなら、しつこいくらい「大人も子供も全然平気」と連呼すべきだった。「金町浄水場で放射性ヨウ素131を210Bq/kg検出。でも心配ない。」というタイトルなら、こんな事態にならなかったのではないか。適正に検査しており、数値を超えたらすぐにアナウンスする体制である、という点を強調すべきだった。「通常の〜倍」とか、「乳児は飲まないように」という、徒に人を不安がらせる表現は、テレビではむしろ害悪だ。発信側には、徒に不安がらせることで人の気を引いて喜んでいる面があるのではないか、という疑いすらある。乳児を持つお母さん達には別の情報チャネルが沢山ある。210Bq/kg検出という情報さえあれば、自分で必ず必要な情報にたどりついただろう。テレビが乳児向けの警告発信を担う必要はまったくないし、むしろ今回の場合、害悪ですらあった。それこそ「詳しくはWebで」というパターンが有効なケースだった。

今回はまだ、具体的な損害を聞かないが、この誤った人心操作により何らかしらの損害が発生してもおかしくないだろう。そういう事件が発生したら、誤った人心操作を行ったテレビ局はどう責任をとるつもりだろうか?

言論の自由、大いに結構だ。ただ、権利を主張するなら責任も負うべきだ。

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